1. はじめに:なぜ今、脱炭素戦略が必要なのか?
世界の平均気温は産業革命前と比べてすでに1.1℃上昇。国連IPCCの第6次評価報告書では、2100年までに2.7℃以上の上昇が予測され、深刻な気候災害が懸念されています。
この状況を受け、2023年現在、世界136カ国が2050年前後のカーボンニュートラル目標を宣言。日本も2020年に「2050年カーボンニュートラル」を表明しました。
脱炭素戦略は環境保全だけでなく、企業の競争力、信用、投資家対応、レピュテーション、そして法規制適合の観点からも急務です。
2. GHG排出の構造と分類(Scope 1・2・3)
GHG(温室効果ガス)排出は、以下の3つの範囲に分類されます:
- Scope 1:事業所や工場からの直接排出(燃料燃焼等)
- Scope 2:購入した電力・熱などの間接排出
- Scope 3:上記以外のサプライチェーン全体の排出(物流、原材料、廃棄物など)
多くの企業で、Scope 3が全体の排出量の70~90%を占めるため、バリューチェーン全体での削減が不可欠です。
3. 日本および世界の脱炭素トレンドと規制動向
- EU:炭素国境調整メカニズム(CBAM)により、域外からの輸入製品にも排出量の報告義務と課税が課される見込み(2026年本格実施)。
- 米国:IRA(インフレ抑制法)により再エネ・EVに数千億ドル規模の投資。
- 日本:GX推進法(2023年成立)とともに、2024年からカーボンプライシング(排出量取引制度)を段階的に導入。
経済産業省は「GXリーグ」を立ち上げ、2025年以降、参加企業にTCFDベースの排出量開示を求める方針です。
4. 企業の脱炭素化手法:実行可能な7つのアプローチ
- 再生可能エネルギーへの転換
- RE100参加企業は2024年時点で世界390社超(日本は80社以上)
- ユニクロ(ファーストリテイリング)は2030年までにグローバル全拠点を再エネ化
- 電動化・燃料転換
- 日本郵便は配送用車両1万台をEV化(2027年まで)
- 製造プロセスの省エネ化・熱回収
- パナソニックはスマートファクトリーで消費電力20%削減(滋賀工場実証)
- グリーン調達とScope 3対策
- 富士通は取引先にCDPサプライチェーンへの回答義務化
- カーボンクレジットの活用
- 三菱商事がアフリカで森林保全プロジェクトを展開し、年間20万トンのCO2オフセット
- 社内インセンティブの整備
- NECは社員評価にESG目標達成度を組み込み、脱炭素を人事評価に連動
- 脱炭素戦略の情報開示(TCFD、SBT、TNFD)
- 日立製作所はTCFD・TNFD両方に準拠、2024年に自然資本リスクも定量開示
5. 日本企業の先進事例と定量的成果
トヨタ自動車
- 2035年までにグローバル新車販売のEV比率100%目標
- CO2排出量を2019年度比で2023年度までに13%削減(自社工場)
キリンホールディングス
- 再エネ比率:国内工場で約70%(2024年時点)
- Scope 1+2の削減率:2015年比で33.1%(2023年実績)
セブン&アイHD
- コンビニ店舗の冷凍冷蔵設備を自然冷媒に切替、年間10万トンCO2削減見込み
6. サプライチェーン全体のGHG管理と調達改革
- 原材料調達段階の排出可視化:花王はLCA(ライフサイクルアセスメント)を用いて、製品ごとのCO2排出量を算定し、製品パッケージに記載。
- サプライヤー選定条件の強化:資生堂は、2025年までに上位調達先にGHG削減目標を義務付け。
- 物流の共同配送:アスクルとヤマト運輸が協業し、配送距離の最適化で年間2,500トンのCO2削減を実現。
7. グリーンファイナンスと投資家との関係性
- グリーンボンドの発行拡大:
- イオンモールは2023年、100億円のグリーンボンドを発行し、全額を再エネ設備・ZEB建設に充当
- ESG評価の向上が株価・調達コストに直結:
- オリックスはCDPの「気候変動Aリスト」に4年連続で選出され、ESG投資家からの資金流入が拡大
8. テクノロジーの活用:脱炭素×デジタル変革
- IoTとエネルギーマネジメントシステム(EMS):大和ハウスは全国の建設現場にEMS導入、電力使用量をリアルタイム監視
- AIと気候リスク分析:日立製作所がCervestと提携、設備・拠点ごとの気候リスクを定量化し、工場再配置の意思決定に活用
- ブロックチェーンによる炭素クレジット取引:東京電力HDが実証実験を進行中(2024年)
9. 今後の展望と脱炭素経営の要諦
- 法的義務の強化:日本でもCSRD(EU持続可能性報告指令)への対応が必須化される見通し。取引先のグローバル企業からの開示要求が急増。
- 脱炭素と利益の両立:コストではなく投資としての認識。脱炭素対応が新たな市場機会(例:再エネ事業、循環型製品、脱炭素建材)を創出。
- 全社戦略への統合:サステナビリティ部門に留めず、経営戦略、財務、マーケティング、人事と統合することで、真のカーボンニュートラル経営が可能に。

